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NHK大河ドラマ『青天を衝け』の座繰り

2021-04-19

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 現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で座繰りの技術指導の仕事をいただきました。

第9回(4月11日放送)と第10回(4月18日放送)に登場しました。登場シーンはとても短いので、あっという間です。せっかく「座繰り」を全国の方に知っていただける機会なので、ここに記しておきたいと思います。


 まずドラマの背景として。

第9回で井伊直弼が暗殺されました。これは、1860年(安政7)3月24日桜田門でのことです。この頃、主人公の渋沢栄一は生家のある武蔵国・血洗島村で藍玉づくりと養蚕を営んでいます。

史実では渋沢家で座繰りをしていたのかはわかりませんが、当時の上野国や武蔵国では繭やその糸の売買は盛んだったといいますから、渋沢家で行われていても不思議はありません。


1850年発行『養蚕往来』糸をくりとる図

 さて、「座繰り」というのは繭から糸を作る道具とその繰糸方法を指します。日本の「繭から糸をつくる技術」については、大昔は原始的な紡績から始まったであろうとされています。そのうち、簡易な道具を用い、繭を茹でて細い生糸を取り出す方法が行なわれるようになります。そこから座繰りに至る変遷は省きますが、1832年(天保3)には群馬県で現存するものと同タイプの左手回し式の上州座繰器が発生していることがわかっていますから、1860年頃の武蔵国なら、上州座繰器を用いた糸作りもあったでしょう。


ドラマの撮影では、栄一の母:ゑい、妻:千代、妹:ていの3人が座繰りをしました。この上州座繰器は、当館が提供したものです。NHKの美術の方が用意された2台と一緒に使用しました。

ドラマの時代が1860年頃なので、現在の座繰りとは変えた部分が 1ヶ所あるのですが、お気付きになるでしょうか。


それは、この部分です。馬の尾毛を使用しました。

現在では、次段の画像のような鼓車を使用するのが主流です。この鼓を使うのは、ヨーロッパの製糸技術が日本に導入されてからのことだと考えられています。ドラマの時代は、ヨーロッパの技術が入る以前で、女性の毛髪や馬の尾毛が使われました。毛を何本か揃え、束ねた部品です。群馬では「毛より」といいます。他、「毛つけ」、「毛坊主」などと呼びます。この毛1本に繭糸をくぐらせて使うのですが、とても繊細で糸作りには熟練度が問われます。


こちらが鼓車です。これは「毛より」よりも簡単に生糸がつくれる部品なので、そのうち「毛より」は使われなくなり、忘れさられ、その地位は鼓車に変わって行きました。


 また、馬の尾毛をどのように道具に取り付けるか悩みました。この設置方法は、鼓車が出現する以前の書物では、座繰器には取り付ける部位は無く、座繰器とは別に繰糸鍋に載せる糸寄器(弓)に取り付けているものを幾つか見かけました。ですが、準備できる上州座繰器は、鼓車を付ける台が造りつけられたタイプでしたので、そこに直接毛を付けました。根拠としては、この図を参考にしています。これは1829年(文政12)発行の機織彙編にある有名な図です。上州式より時代が少し早く発生した奥州座繰器の台に直接、毛髪が付いた棒が造り付けされています(毛の付け方はこの図より簡易にしました)。他にも、年代がドラマよりも若い書物の中には、上州座繰器に直接付けている図も存在しますので、おかしくはないと判断しました。ドラマでは、日常作業のひとコマとして映っていたシーンですが、監督、助監督、美術の方々と相談しながら、なるべく時代考証を踏まえて準備しました。


 もうひとつ、ほとんど見えていませんでしたが、時代考証でこだわったのは繭です。監督さんたちの強い意向で、時代に沿った繭を使いたいとのことで、原種小石丸を用意しました。小石丸は、皇室で現在でも飼育される繭としてご存知の方が多いでしょう。蚕品種の書物によると小石丸は、寛政(1790)の頃には育成が確認できるようです。

ドラマでは座繰器を回しているだけにしか見えなかったかもしれませんが、俳優さんは実際に毛よりのセッティングで小石丸から生糸をつくりながら演じていました。


 ドラマでは、3人の女性が囲炉裏を囲うように座繰器の前に座り、糸づくりをしました。書物では、この作業は縁側や上がり框に腰をおろして行なう図が多いです。それは、腰掛けるのにちょうど良いのと、繭糸がよく見える明るい場所を求めてのことと考えます。今回の囲炉裏端は、俳優さんの台詞や導線など諸々の事情です。とは言え、こうした人もあったかもしれません。囲炉裏の周辺だと必要な湯が直ぐに得られるので作業効率が上がる可能性もあります。なにせ、当時の技術や道具にはわからないことも多々あるので想像が膨らみますね。


 ドラマでは、座繰器以外にも、場を演出していた道具がありました。妹:ていの背後の部屋に置かれた揚げ返し器です。これは、座繰器でつくった生糸を綛という形状に巻き直す道具です。


この図は、1802年(享和2)の養蚕秘録です。1860年になると、この図の揚げ返し器に綾振りの細工が付いていただろうと思われますが、作業目的は同様です。この道具の存在で、演出にグッと深みが出たのではないでしょうか。気付いてくださった方がいらしたら嬉しいです。